「時間が経つと、特に擦れる部分や紫外線による劣化、ビーチの砂との摩擦によってラインの表面仕上げ(コーティング)が剥がれていく。外側のコーティングが破壊されると、ライン内部の中空スペースに微細な砂の粒子や塩などが入り込む隙間ができる。そして編み込み(ウィーブ)の内部に何かが入り込めば、ラインの直径は太くなる。直径が太くなるためにラインができる唯一のことは、長さが短くなる(縮む)ことだ」
— デイブ・ケイ
永遠のテーマ「ラインは伸びるのか、縮むのか」
カイトサーフィンにおける永遠のテーマの一つが「ラインは伸びるのか、それとも縮むのか」という疑問である。カイトの強い力で常に引っ張られ続けているのだから、ゴムや紐のように「伸びる」と考えるのが自然に思えるかもしれない。しかし、物理的なメカニズムに基づけば、カイトラインに起こる最も顕著な変化は「縮み」である。
カイトのラインにはダイニーマ(Dyneema)に代表される超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)が使われている。この繊維は製造段階で、絡み合ったスパゲッティのような分子が極限まで一直線に引き伸ばされているが、ポリマー特有の形状記憶によって時間とともに元の絡み合った状態に戻ろうとする性質を持っているため、棚に置いておくだけでも繊維自体がわずかに縮もうとする。
さらに大きな要因が、冒頭のデイブ・ケイの引用にある「異物混入(コンタミネーション)」である。コーティングが落ちると、12本のストランドで編まれた中空構造(ブレード)の隙間に砂や塩の結晶が入り込み、ラインの直径が太くなることで全長が短くなる。
ライディング中、フロントラインにはリアラインの約10倍もの荷重が常にかかっている。この強い引張力が縮みに対する抵抗となる一方で、荷重の少ないリアラインは容易に縮んでしまう。使い込んだバーで「フロントラインが伸びた」と錯覚するのは、実はリアラインが縮んで相対的に短くなっているからである。
縮んだラインの調整法(ストレッチング)と注意点
前述の通り、ラインは「縮む」ことの方が多い。特にリアラインが縮んでフロントラインとの長さが合わなくなった場合、現場でよく行われている対処法が「縮んだ方のラインを強い力で物理的に引っ張って伸ばす(ストレッチング)」というアプローチである。
ラインの端を固定して強いテンションをかけることで、緩んだ編み目や分子の縮みを引き伸ばし、長さを揃えることができる。ただし、ライン専門ブランドThe Line SmithのKilianが指摘するように、引っ張って長さを戻しても効果は20分から1時間程度の一時的なものに留まり、時間が経つと再び元の縮んだ状態に戻ってしまう性質がある。そのため、恒久的に長さを揃えるには、バー側のノット(結び目)の位置を変更するか、ピッグテール(延長ライン)を用いてトリム調整を行うのが確実である。
ハネムーン期から買い替えどきまでのライフサイクル
新品のラインを下ろしてから寿命を迎えるまで、ラインの状態は大きく3つのフェーズに分かれる。
1. 買ったばかりのハネムーン期(初期セッティング)
新品のラインの編み込み内部には、スプライス(端のループ加工)を可能にするためにわずかな空気が含まれている。最初の数回のセッション(数日間〜約20時間のライディング)で強い荷重がかかると、この空気が押し出されて編み目が締まる「セッティングタイム(初期なじみ)」が発生し、特に荷重の大きいフロントラインが3〜5cmほど物理的に長くなる。同時にリアラインの初期の縮みも始まるため、新品のバーを下ろしてから最初の4〜5日(または20時間以内)に乗った後は、必ずラインの長さをチェックして再チューニングすることが必須である。
2. ちょっと使い込んだ頃
セッションを重ねて表面のコーティングが摩耗し始めると、塩や砂が入り込んで本格的な「縮み」が始まる。この時期のライン寿命と長さの安定性を大きく左右するのが日々のケアである。セッション後にバーとラインを真水で洗い流し、内部に塩の結晶が留まるのを防ぐだけで、縮みの進行を大幅に遅らせることができる。また、シーズン中は少なくとも月に1回はラインの長さを確認することが推奨される。
3. そろそろ買い替えどき
ラインの寿命は使用期間(年数)ではなく、ライン同士が擦れ合う「サイクル数(摩耗回数)」で決まる。ラインを一度もクロスさせないライダーであれば数年間持つこともあるが、カイトループを多用してラインが交差した状態でバーを上下させる(デパワー・スローの50〜80cmの範囲で強いテンションのまま擦れ合う)場合、フロントライン下部の摩耗は一気に進行する。下部の4〜5mに専用のワックスを塗って潤滑させることで摩耗を抑えることはできるが、ラインを指でなぞって毛羽立ちやザラつきが目立ち始めた場合や、ノット調整で補正しきれないほどの長さのズレが生じた場合は、安全のために交換すべきサインである。
ダイニーマからSK99、そしてSK99+への進化
「ダイニーマ(Dyneema)」とはオランダの工場が製造するUHMWPE繊維のブランド名であり、ダイニーマ社自体がカイトラインを編んでいるわけではない。市場で目にする「SK76」「SK78」「SK99」とはそのベース繊維のグレード(社内コード)を指している。最新のSK99は従来のSK76等と比べて強度が約30%高く、同じ強度をより細い直径で実現できる一方、繊維自体が細いため耐摩耗性の面では太い繊維のSK76に軍配が上がるというトレードオフも存在する。
そして近年、プロライダーの間で主流となりつつある「SK99+(プラス)」は、同じSK99繊維を使いながらもコーティングの工程が根底から異なる。通常のSK99ラインは、12本のストランドを編み上げて1本のラインにした「後」にコーティング槽にくぐらせるため、ラインの外側にしかコーティングが存在しない。
対してSK99+は、編み込む「前」の髪の毛のように細いベースファイバー(ヤーン)の段階で一本一本に事前コーティングを施し、その上で編み上げている。これによりラインの内部にまでコーティングが存在することになり、外側のコーティングが摩耗しても内部へ砂や塩が侵入するのを強力に防ぐ。結果としてラインの膨張(縮み)が抑えられ、長さの安定性(レングス・スタビリティ)と内部強度が劇的に向上している。
ブライダルラインの伸び縮み
カイト本体のブライダルラインにも同じダイニーマ素材が使われているため、原理的には2〜5%の伸縮が発生する。しかし、ブライダルはフライングラインに比べて全長が短いため、全体的な長さの変化は極めて小さく、通常のライディングでその変化を体感することはまずない。
ただし、デスループに陥った際や片側のラインが切れた際など、カイトの片側だけに異常な高負荷(パンチ)がかかると、その部分のブライダルだけが引き伸ばされることがある。負荷から解放されれば数時間後に再び縮んで戻る性質があるものの、強い衝撃を受けた側だけが大きく縮み戻ることで左右のバランスが狂うケースがあるため、激しいトラブルの後はブライダルのチェックも重要となる。
検索用エイリアス: ラインは伸びる?それとも縮む?
