Red Bull King of the Air (KOTA) の歴史

「Blow, winds, and crack your cheeks! rage! blow!」
(吹けよ風、頬が裂けるまで!荒れ狂え、吹け!)

— ウィリアム・シェイクスピア『リア王』第3幕第2場より

概要

南アフリカの空に吹き荒れる強風「ケープ・ドクター」。その圧倒的な自然の力をねじ伏せ、最も高く、最も過激に宙を舞った者だけが「空の王(King of the Air)」の称号を手にする。Red Bull King of the Air(通称:KOTA)は、単なるカイトボーディングの一大会にとどまらず、エクストリームスポーツが限界を突破していく歴史そのものである。

ハワイでの熱狂と、スタイルの変遷による「休止期」

KOTAの原点は、レッドブル参入前の1998年にハワイ・マウイ島で開催されたカイト史上初の公式世界選手権(フラッシュ・オースティン優勝)にまで遡る。翌1999年、レッドブルが正式スポンサーとなり、同地のウィンドサーフィンの聖地ホオキパで「第1回 Red Bull King of the Air」が初開催された。当時のカイトは荒々しくパワフルで、ライダーたちはとにかく「どれだけ高く飛べるか」に全力を注いでいた。記念すべき初代王者に輝いたのは、13歳でウィンドサーフィンの世界王者となった経歴を持つウォータースポーツ界の生ける伝説、ロビー・ナッシュだ(一部で2000年開始とされるのは大会規格が公式化されたためである)。また、同年の初代女王(Queen of the Air)にはアン=ロール・ペゴンが輝いた。

その後、2000年はフラッシュ・オースティン(女子はジュリー・プロチャスカ)が制したが、2001年は男女ともに大会自体が未開催となった。2002年にはマーク・シン(女子はシェルドン・プレントヴィッチ)が前人未到のトリプルクラウン(主要3大会制覇)を達成し、2003年はチャールズ・デロー、2004年はタヒチ・ボラボラ島出身のトゥテライ・モンタロンが王座に就いた。女子部門では、2003年と2004年にスージー・マイが連覇を飾るなど、当時のビーチを大いに沸かせた。

しかし、機材が進化し一般に普及するにつれ、トップライダーたちの関心はウェイクボードのような水面スレスレのテクニカルなスタイルへと移行していく。ビッグエアへの熱は一時的に冷め、大会自体もどこかマンネリ化し、2005年に17歳のルーベン・レンテン(女子部門はスージー・マイが3連覇を達成)が優勝したのを最後に、マウイでのKOTAは長期間の休止に入ることとなった。

反逆児の挑戦と、ケープタウンでの「モダンKOTA」開幕

休止期間中、現在のコンペティション形式にフラストレーションを溜めていたのが、「Master of Extreme」ことルーベン・レンテンだ。2007年頃から彼は、誰もが出たがらないような嵐のような強風の中でテストを繰り返し、12メートル以上の特大「メガループ」に挑み始めた。

この限界への挑戦が、2012年に南アフリカ・ケープタウンのビッグ・ベイで開催された「Red Bull Len10 Megaloop Challenge」へと繋がり、翌2013年、ついにKOTAは8年ぶりの復活を果たす。この年、10歳から天才と称され、のちにカイトでの220mのトーイン浮遊記録も打ち立てるハワイアン、ジェッセ・リッチマンが8時間にも及ぶ激闘を制して王座に就いた。

2014年にはケビン・ランゲレーが1万2千人の大観衆の前で初優勝。翌2015年にはアーロン・ハドロウが「メガループKGB」という超大技を2度も完璧にメイクして頂点に立つなど、機材の進化に伴って大会のレベルは異次元へと突入していく。2018年には、より強烈で安定した風を求めて会場を現在のカイト・ビーチへと移し、極限のコンディション下で大会はさらなる進化を遂げた。

下克上を生むシステムと過酷なフォーマット

KOTAの舞台に立つことは容易ではない。世界各地で行われる「Fly-toイベント」の勝者に与えられるゴールデンチケットや、実力さえあれば無名選手でものし上がれる「ビデオエントリー」、そして近年新設された若手登竜門「Porsche Golden Ticket」など、常に新しい才能が発掘されるシステムが整っている。

試合のフォーマットもKOTA独特だ。ラウンド1では、ヒートの途中で最もスコアの低い1名がビーチのフラッグで宣告され、海から強制退場させられる無慈悲な「フラッグアウト方式」が存在する。また採点システムも進化しており、各トリックは「高さ、極限度、多様性、革新性」を基準にポイント化される。さらにトップスコアに加えて、ヒート全体を通じてどれだけ異なる種類のトリックを網羅できたかを評価する「バラエティスコア」が存在し、これがしばしば劇的な大逆転を生み出し、観客を熱狂させている。

新世代の台頭と女王たちの帰還

パンデミックの影響で2020年以降は開催時期が年末へと移行したが、これが功を奏し、よりケープ・ドクターが吹き荒れる最高のコンディションで行われるようになった。

そして近年、大会は新たなフェーズを迎えている。2022年には、18歳のルーキーであったロレンツォ・カサーティが初出場で優勝をもぎ取り、表彰台を初出場の若手3人が独占するという鮮烈な世代交代劇を見せつけた。

さらに胸を熱くさせているのが、女性ライダーたちの劇的な進化だ。アンジェリー・ブイヨが男子に混ざって特大ループを決め世界に衝撃を与えたことを皮切りに、女性全体のレベルが急上昇。2024年に待望のWomen’s Division(女子部門)が正式に復活し、フランチェスカ・マイニが新たな時代の初代女王に輝いている。

歴代優勝者リスト

KOTA 1999:ロビー・ナッシュ/アン=ロール・ペゴン(Women’s)

KOTA 2000:フラッシュ・オースティン/ジュリー・プロチャスカ(Women’s)

KOTA 2001: 未開催 (No Event Held)

KOTA 2002:マーク・シン/シェルドン・プレントヴィッチ(Women’s)

KOTA 2003:チャールズ・デロー/ Susi Mai (Women’s)

KOTA 2004:トゥテライ・モンタロン/ Susi Mai (Women’s)

KOTA 2005:ルーベン・レンテン/ Susi Mai (Women’s)

KOTA 2013:ジェッセ・リッチマン

KOTA 2014:ケビン・ランゲレー

KOTA 2015:アーロン・ハドロウ

KOTA 2016:アーロン・ハドロウ

KOTA 2017:ニック・ヤコブセン

KOTA 2018:ケビン・ランゲレー

KOTA 2019:ケビン・ランゲレー

KOTA 2020:ジェッセ・リッチマン

KOTA 2021:マーク・ジェイコブス

KOTA 2022:ロレンツォ・カサーティ

KOTA 2023:アンドレア・プリンチピ

KOTA 2024:アンドレア・プリンチピ/フランチェスカ・マイニ(Women’s)

最新の大会結果を表示(ネタバレ注意)

KOTA 2025:ロレンツォ・カサーティ/ナタリー・ランブレヒト(Women’s)

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