「結局のところ、僕たちは医療機器を作っているわけではない。世界中のどこでも使えるサーフギアを作っているんだ。人々に楽しんでもらうというただ一つの目的のために何かを作れるのは本当にクールなことだし、それがこのビジネスにおける僕にとって最大の喜びの一つなんだ」
概要
Peter Cabrinha(ピーター・カブリナ、通称:Pete Cabrinha/ピート・カブリナ)は、1961年9月13日生まれ、アメリカ・ハワイ州オアフ島出身のプロウォーターマン、ビッグウェイブ・サーファー、アーティストであり、世界的なカイトサーフィンブランド「Cabrinha」の創業者である。ハワイ州マウイ島を拠点に活動し、ウィンドサーフィン、トーイン・サーフィン、カイトボーディングという3つの最先端オーシャンスポーツすべてにおいて「パイオニア(開拓者)」と「マスター(達人)」の双方の地位を確立した生ける伝説として知られる。さらにハイドロフォイルやウィングフォイルの黎明期からの開拓者でもあり、40年以上にわたり世界のウォータースポーツの進化を最前線で牽引し続けている。
キャリア
ハワイのビーチのすぐ近くで育ち、6歳で海辺の家に移り住んでからは、学校へ行く前や放課後に毎日サーフィンに明け暮れる少年時代を送った。15歳となった1976年頃、風が強く波質が良くないエリアに住んでいたことからウィンドサーフィンを習得すると、その魅力に没頭する。高校時代には「DIY(自分自身で作る)」の精神から自宅の横にシェイピングルームを作り、自らウィンドサーフィン用のボードを削り始めた。やがてプロウィンドサーフィン・ツアーが誕生すると、ロビー・ナッシュらとともに初期のプロツアーを約10年間にわたって転戦。波のフェイスでエアリアルやループを繰り出すウェイブセイリングの先駆者として活躍し、1985年にはWSMAワールドツアーのWave Performance部門でワールドチャンピオン(世界王者)のタイトルを獲得した。
1993年には、マウイ島ノースショアにてレイアード・ハミルトン、デイヴ・カラマ、ブレット・リックル、マイク・ウォルツェ、マーク・アンギュロ、ラッシュ・ランドル、バジー・カーボックス、デリク・ダーナーらクリエイティブな仲間たちとともに、通称「Strapped Crew(ストラップ・クルー)」を結成。フットストラップを取り付けたボードと水上バイク(PWC)を用いてパドルでは不可能な巨大波にアプローチする「トーイン・サーフィン(tow-in surfing)」を創始し、ビッグウェイブ・サーフィンの概念を根底から覆した。また、ブレット・リックルが持ち込んだ水上スキー型のハイドロフォイル(Air Chair)を水上バイクで牽引する実験に初日から参加し、その技術をサーフボードへと応用するなど、現代のフォイルボーディングの起源にも深く関わっている。
1990年代後半には、メキシコ・バハ・カリフォルニアのPunta San Carlosへシエラ・エモリーらとウェイブセイリングのトリップに訪れた際、初期の2ライン式市販カイト「Wipika」を目撃する。ウィンドサーフィンでは波の裏へ抜けるのに苦労するコンディションの中で、カイトを使って軽々と波を飛び越えていく効率性に衝撃を受けた。その冬、ロビー・ナッシュがレイアード・ハミルトンに試させていた初期の4ライン式カイト「Naish AR5(9平米)」が、体格の大きいレイアード・ハミルトンには小さすぎたため、友人のジョン・マレーを通じてピーター・カブリナの手に渡る。翌春、そのお下がりのカイトを使って独学でカイトサーフィンを習得すると、ホオキパからのダウンウィンダーやサーフボードでのライディングに熱中し、カイトサーフィンの黎明期を切り拓いた。また、オフシーズンには「Strapped Crew」の仲間たちとフィジーのNamotu Islandへ渡り、当時現地でサーフガイドをしていたベン・ウィルソンらにカイトサーフィンを教えるなど、世界中のサーファーへ競技を広める役割も果たした。
ビッグウェイブ・サーファーとしても頂点を極めており、2004年1月10日にはマウイ島のモンスターウェイブ「ジョーズ(Peʻahi)」にて70フィート(約21.3メートル)の巨大な波をライド。このライディングにより2004年の「Billabong XXL Global Big Wave Awards」でBiggest Wave Awardを受賞し、当時の「サーフィンで乗られた史上最大の波」としてギネス世界記録に認定された。また、水上バイクによるレスキュー技術や救急救命士(EMT)の資格も取得し、ビッグウェイブ・ツアーのレスキューチームを率いるなど海の安全面でも多大な貢献を果たしている。
スポンサー・所属ブランド
ウィンドサーフィン時代にはGaastraやNaishでライダーおよびグラフィックデザイン・マーケティング等の業務に携わった後、カイトサーフィン黎明期の1999年にマウイ島ハイクの小さな工房でボード制作を開始。2000年にNeil Pryde率いるPryde Groupとのパートナーシップによって自身の名を冠したブランド「Cabrinha」を設立した。
自身の故郷であるマウイ島に研究開発(R&D)とマーケティングの拠点を置き、デザイナーのパット・グッドマンらとともに数々の革新的なギアを世に送り出した。特に2005年にブルーノ・レガニューの特許技術を取り入れて発表した世界初のボウ・カイト「Crossbow」および「Switchblade」は、圧倒的なデパワー性能と容易なウォーター・リランチを実現し、カイトサーフィンの安全性と大衆化を一気に推し進める歴史的なゲームチェンジャーとなった。その後も2020年のWaterbound Investmentsとの提携によるブランドの統合・独立などを経て、四半世紀にわたりブランドの顔としてシーンを牽引し続けた。
パーソナリティと交友関係
マウイ島で毎朝5時から6時の間にニワトリの鳴き声とともに起床し、海へ向かう規則正しいライフスタイルを送る。常に新しい遊びや道具の進化に好奇心を持ち続けるオープンマインドな性格と、穏やかで情熱的な語り口から、世界中のウォーターマンより深い尊敬を集めている。マウイ島の「Strapped Crew」であるレイアード・ハミルトン、デイヴ・カラマ、ロビー・ナッシュ、ブレット・リックルらとは数十年にわたる盟友であり、Cabrinhaのチームライダーとして活躍したムーナ・ホワイト、レオ・スティーブンス、ジェッセ・リッチマンら次世代のライダーたちとも、ハワイの海を通じて深い信頼関係で結ばれている。また、4度の世界王者であるケアヒ・デ・アボイティスは母方の親戚(三従兄弟/サード・カズン)にあたり、Keahiが幼い頃にカイトを譲るなど、無理に押し付けることなく温かくサポートした。
また、芸術家であった母親の影響を受け、自身も30年以上にわたり写真、グラフィックデザイン、ペインティングを融合させたミクストメディア・アーティストとして活動している。1998年のハリウッド映画『In God’s Hands』への出演や、2001年の『TIME』誌による「Top 100 Innovators(100人のイノベーター)」への選出など、スポーツの枠を超えた文化的影響力を持つ。私生活では、元ウインドサーファーでファッションデザイナーの妻Lisa Letarte Cabrinha、娘のTahiti Cabrinhaとともにマウイ島で暮らしている。
名言・エピソード
1970年代の高校時代から培われたDIY精神について、Kitesurf365のインタビューで「サーフィンには『DIY(自分自身で作る)』というスピリットがあると思う。僕にとってそれはずっと昔、まだ1970年代の高校時代にウィンドサーフィンに夢中だった頃から始まったんだ。ボードが必要だったから、自宅の横にシェイピングルームを作ったんだよ」と語っており、必要な道具がなければ自ら作り出す姿勢が後のブランド創設の原点となった。
2005年に初代ボウ・カイトを発表した当時の反響については、「あれが本物のゲームチェンジャーになると、腹の底から直感していたよ。ただ、当時の周囲の反応があれほど真っ二つに分かれたことには本当に驚かされたけどね」と振り返っている。
また、ギア開発に対する自身の哲学として、「僕たちは非常にテクニカルなブランドだと感じている。多くの時間を研究開発に費やし、高度な技術製品を生産に送り出しているからね。でも同時に、本当に大切なのは技術そのものではなく、スポーツやライフスタイルそのものなんだ。製品の中に何が入っているかではなく、そのギアを使って何ができるか、どんな気分になれるか、どこへ連れて行ってくれるかという理由で選んでほしいと思っている」という言葉を残している。
大会結果・主な受賞歴
・1985年 WSMA World Tour(Wave Performance部門):ワールドチャンピオン(年間王者)
・2001年 TIME誌:「Top 100 Innovators」選出
・2004年 Billabong XXL Global Big Wave Awards:Biggest Wave Award受賞(ジョーズでの70フィート波ライド/ギネス世界記録認定)
・2021年 Windsurfing Hall of Fame(ウィンドサーフィン殿堂):殿堂入り
検索用エイリアス: Pete Cabrinha, PeteCabrinha

